| 帰国のご挨拶
karuchan ドイツでの風景 2008-4-19 12:28
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この度、無事帰国できましたことをここにご挨拶申し上げます。 たくさんの皆様の大きなおこころに支えられ、娘と共に福岡に戻ってくることができました。 この日を迎えることができましたことがどれほどにありがたいことでありますことか、 今までのことを振り返りますと感謝の思いで溢れるばかりです。 本当にありがとうございました。 ここまでお導きくださった皆様と そして尊い真心を届けてくださったドナーの方とそのご家族の皆様に ここに哀悼の祈りと共に心からの感謝を申し上げます。
予想以上に長引く待機生活、 気も身体も弱る中で、 いつもいつも皆様の励ましを思い出し、こころを奮い立たせてまいりました。 募金活動中や滞在中いただきましたお手紙やメール、メッセージ等も大変失礼ながら、ご返信できぬままでございましたが、 いつも涙しながらありがたく拝読し、その日の笑顔につなげてまいりました。
現地でもドイツ病院スタッフの皆様のみならず、 日本からやってきた同じ移植待機の皆様、 そして日本人ドクターとご家族、ボランティアの皆様 現地で出逢ったたくさんの皆様にずっと寄り添い支えていただきました。
どの出会いも私達にとりましてはなくてはならないものでありました。 また、今までこのたくさんの皆様が届けてくださったお心への感謝を おひとりおひとりに御礼のご挨拶を申し上げたいのですが それが叶いませんことに大変心苦しいのですが、この場をお借りしましてすべての皆様に心より御礼申し上げます。 本当に本当にありがとうございました。
家に帰りついてからというもの、 娘は弟と共にいつまでも笑いころげています。 そのリラックスした表情を見ていますと、今までずっとどこか緊張し続けていたのだなあと気づき そして他愛ないこの家族で過ごすこうした時間がどれほどに贅沢なものであるのか、 笑いながらこのしあわせに涙がこぼれる毎日です。 そして 大笑いし続けてもだいじょうぶになったんよという娘に 今までこうしてはしゃぐことも抑えて我慢していたことを知りました。
移植という医療を選択するということは私たちにとって簡単なことではありませんでした。 ここでの長い待機期間も、たくさんの迷いと闘いながら過ごしてまいりました。 こうした中でもう迷う余地のない状態となりながらも、 移植を受けて娘は本当にしあわせになれるのだろうかとふと考えてしまう時もありました。
こうした私たちの弱さをも支えてくださるたくさんの皆様の励ましが、 どれほどに私たちにとって大きなものであったことでしょうか。 とても私たちだけでは乗り越えることはできなかったこころの山がありました。 ここまでたどり着けましたのも、皆様のお導きがありましたからこそです。 本当にありがとうございました。
そして、 移植の日を境に、 私たちの中で何かが大きくかわりました。
それまでも将来のことを考えてきたはずでしたが 先のことを本当に考えていいのだと、 現実に未来がそこにあるのだという実感がはじめて湧き上がってきたのです。
明日がある このことがどれほどにすごいことであるのか どれほどに大きな喜びであるのか 娘が移植という医療を受けることができたことで このしあわせにも気づかされました。
いままであきらめていたいろいろなこと 失ってきた様々なものごとを やろうと思っていいこと やりたいと願ってもいいこと
そう願うのは欲張りな気さえしていました。 生きたい、生かしたい、 そう願うことが贅沢なことなのだろうかという気持ちになったこともありました。
しかし、ドイツで、 移植という医療があたりまえにある国で、 たくさんの元気になった笑顔の患者さんに出逢い、 人の目を気にするでなく、 自分の望むように生きようとする姿に そしてそれを心から楽しんでいる様子に力づけられました。
退院の日、 大きく息を吸い込んで、 病院から外の世界へと歩き出した娘にとって 一歩、そしてまた一歩 土のやわらかさ、風のつめたさ からだ全部で感じるものすべてがものすごい感覚だったようでした。
元気になるってすごいことだ。 今までにはない感覚に戸惑いながらも、 久しぶりの感覚、はじめての体験を味わいながら、今娘は生きています。
日本で、待機患者として過ごしていた頃、 身の置き所なく眠ることもままならぬ夜も もう死んでしまえば楽になれるのかしらとよぎった時も それでも娘は自分がどうしようもなく生きていて、 人間はそう簡単に死ぬことはできないのだと命と向き合って過ごす毎日でした。
一方で闘病仲間との別れも身近にある病棟で、 病に命を奪われる子どもたちに死というものから目をそむけることもできない中で その大切な闘病仲間たちの死は私たちの生きる心を揺さぶり、 彼らのがんばりに負けないくらいがんばらねばいけないと 今もずっと支えられ続けています。
そうして今度は大切な命を託してくださったご提供者の死と出逢いました。 命のそばにある死というもの。 どちらも同じように慈しむべきものであり、。 そして死というものがすべての終わりではなく、未来につながる死があるのだということを 娘を通じて、移植医療を通じて体感させていただきました。
移植という医療の選択をする中で、何度となく考え続けてきた生きるということと死ということ。 今、ご提供者の大切な死というものを慈しみながら、娘は大切な生につなげていくところです。 悲しみを喜びに変えて届けてくださったご提供者様とそのご家族のお心をもしっかりと受け止めて これからの日々を懸命に過ごしてまいりたいと存じます。
そして娘と同じように たくさんの患者の皆様が移植という医療で本来の笑顔を取り戻すことができますように そして何よりたくさんの命が救われることを心から願うばかりです。
今回多額の追加請求の件で、皆様にはご心配をおかけしております。 これから更なるもうひとつの山に向かうことになりましたが、 皆様に与えていただいた生きるチャレンジのひとつであると心し、 家族一同がんばってまいります。 今後ともご指導ご鞭撻の程よろしくお願い申し上げます。
2008年4月11日 江田果瑠奈 父 潮 母 博子
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| 再入院
karuchan ドイツでの風景 2008-3-14 8:23
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3月4日(火)術後47日目 昨日より体調がすぐれず、全身倦怠感が抜けません。 熱や血圧、体重の変化はさほど変化がなかったので様子を見ていましたが どうも身体が重く、食欲もないままです。 病院に相談すると軽い拒絶反応だったようですぐに入院になりました。
このところ、左側の背部痛がひどくなって来ていました。 疲れが出たのかと暖めたりして様子をみていましたが、 これもなにか、身体の変調のサインだったのかもしれないと気がついた次第です。 すべてがすべて、そうではありませんが、 こうした痛みだとか、脱力感だとか、元気が出ないということも、 どれも注意して観察しておき、この程度でもドクターに相談したほうが良いことを今回改めて知りました。
外来の処置室であっという間に首の点滴ラインを入れてもらい、 コルチゾンの投与が3日間。採血で1日3〜4回チェックしてもらいながら、 カリウム点滴と内服薬も微調整があっているようです。
治療前はしんどそうでしたが、治療が始まるとようやく笑顔が戻りました。(写真)
3月7日(金) ここ3日間のコルチゾンで再びパンパンにむくんだりしましたが、 今日は退院することが出来ました。 しっかり自分の足で歩けるようになり、 身体も随分と楽になったようで安心しました。
帰国の日取りの調整も進み、私たちもあわただしい毎日になりました。 その日までしっかりと体調を整えておこうと心しています。 |
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| 2月27日術後41日目
karuchan ドイツでの風景 2008-3-14 8:22
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2月27日術後41日目
退院して2週間近くたちました。 また寒くなったこともあり、病院との行き来も難儀していますが、 マイペースで歩ける距離を伸ばして行こうと 病院のない日は近くの道を散歩して足を鍛えています。
車に注意しながら道を渡る、ただそれだけのことでも 長らく寝ていた娘にはものすごい俊敏な動きに感じるようです。 その驚き様はまるで小さな子どもと散歩しているようであります。
道端にチョークで落書きも。 けんけんぱ、ひとつも久しぶりの動き。 こんなことひとつひとつが おもしろいと感じるのも術後に味わう感覚です。 しんどいとやりたいって思わないことばっかりだったよと、 身体の変化、こころの変化に感じ入る毎日です。 |
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| 移植実施数
karuchan ドイツでの風景 2008-3-14 8:21
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2月18日 Korteさんがアパートに様子を見に来てくださり ちょうど届いたばかりの移植推進団体の資料を見せてくださいました。
そこには1963年からの移植数の累計が。 9071例。 日本では今までたしか脳死下の心臓移植は50例ほどだったでしょうか。 日本とは大きく桁の違う数字に見入ってしまいました。
以前、臓器移植法が日本と同じ時期に施行されたことを聞いた覚えがあります。 そして今この実施数の数の違い。
なぜこのような差があるのか。 なぜこのような労苦を伴うにも関わらず日本の患者は他国を頼らなければならないのか。
この資料を見ただけで終わらせてはいけないという思いでいっぱいになりました。
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| 通院
karuchan ドイツでの風景 2008-2-28 8:45
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2月18日(術後32日目) 退院し、近くのアパートでの生活が始まりました。 私の足でゆっくり歩いて15分ほどの距離ですが、 娘と歩くと30分ほどかかります。 途中で立ち止まり休憩をしながら 坂道になっているのでかなりしんどそうでしたが、 どれも良いリハビリになっています。 退院して3日目には残しておいたペースメーカーのリードを外来で抜いてもらいました。 薬を大きな紙袋いっぱいにもらい、見ただけでお腹いっぱいになりそうです。 これからは自分でしっかりと自己管理していかねばなりません。 入院中にもらった自己管理表には 血圧・体温・脈・体重の4項目を毎日朝夕チェックして書き込むようになっています。
その翌日にもう一度検診。 採血、心電図、エコー、尿検査。 特に問題はないようで、安心しました。 血液検査の結果はあとからドクターが電話してくれるのですが、 これまた早口のドイツ語で、何度も聞きなおしながら 何かあったときにちゃんと伝えたり聞いたりできるように まだまだドイツ語の勉強がんばらないといけないなあと、 家に帰ってからもドイツのテレビで耳慣らしをしています。 外来のスタッフさんともはじめてのやりとりをする人たちで、話のテンポも速く、 今までと違った緊張感があります。 まだまだ勉強は続きます。 |
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| 術後29日目退院
karuchan ドイツでの風景 2008-2-20 7:49
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2月15日(金)術後29日目 よく晴れた週末。とうとう退院となりました。 昼前心電図を見ながら、ペースメーカーを下げて行き、とうとう機械を外してもらいました。 ペースメーカーもモニターもなく、自分の身体だけで生きているということがどんなにすごいことか。 外してもらった時には私もたまらなくなり、涙溢れて止まりませんでした。 2歳の頃から、ペースメーカーに脈を全部頼って生きていましたので、この瞬間はとてつもない感動でありました。 まだリードは残したままにしてありますが、何も問題がなければ、外来でスッと引き抜いてもらえます。
この日を迎えることができ、普通の生活をできるようになったこの一歩がどれほどに大きな喜びであることでしょうか。 普段あまり感情表現をおおげさにしない娘がこんなに嬉しそうにしている様子を皆様にお見せしたかったのですが、 なかなかじっとしていられなくて、どれもピントがずれてしまいました。
日の光を浴びながら歩く道。 道端の花をみつけ、小鳥のさえずりも聞きながら、 一歩一歩娘はまた人生を歩き出しました。 すごいよ、疲れない。 すごいよ、まだ歩ける。 すごいよ、もっともっと歩けそうな気がするよ。 道すがら娘はすごいよの連発でした。
タクシーを使ったほうがいいわよとボランティアのKorteさんにはとっても心配されたのですが、 娘にとっては自分の足で歩いて帰ることが大きな夢だったのです。
すごいよ、夢がかなったよ。 すごいよ、こんなにすごい景色だったんだね。 すごいよ、ああ、すごい。
今まで自分ひとりで歩いていた病院からの帰り道が今日はとても特別な感じがしました。 こんな普通なことがどんなにかしあわせなことか。 帰り着いて、興奮さめやらぬ娘は念願だった料理をしたいとキッチンから離れません。 欲張らないで、また次の日にしようよ。
また次の日がある。 これがどんなにすごいことか。
何かができるようになると はじめの一歩のこうした感動は薄れていくものですが、 今日の喜びもまたずっとずっと忘れないでいようと心に強く思いました。
皆様本当に本当にありがとうございました。 これからリハビリをがんばってまいります!! |
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| 術後22日目〜28日目
karuchan ドイツでの風景 2008-2-18 9:43
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2月8日(金)術後22日目 体重39.5キロ コルチゾン再開 リハビリはお休みです。 大量のコルチゾンのせいか、高揚して夜一睡もできませんでした。
2月9日(土)術後23日目 体重41,8キロ 足のむくみ再び。 コルチゾンの投与が続く間は血糖度のチェックもあり、今日は太ももに2回ほど インシュリンを打ってもらいました。
2月10日(日)術後24日目 体重朝43,4キロ/夕45.5キロ 昨日よりむくみはげしい。 動かすのもむずかしいほどパンパン。 コルチゾン投与中はリハビリはお休みで、免疫力が一層落ちるらしく、 部屋からも出ることはできませんでしたが、 今日はようやく夜のお散歩許可が出て、ろうかを歩いてみましたが とても疲れやすくゆっくりゆっくりしか歩けないようです。
2月11日(月)術後25日目 朝42,8キロ 夕43、2キロ バイクこぎ15分休みなしでのリハビリ。 午後からは階段昇り降り。
2月12日(火)術後26日目 体重42,8キロ 体重は昨日と変わらず、足の甲と左足首だけ異様にむくんでいて からだの中の水分がこうやってかたよって溜まるのっておもしろいねえと 自分の身体で生き物の不思議を観察中です。 コルチゾンが終わったあとはいつもしんどいのですが、 今日はリハビリの階段のぼりのあと身体がこわばってる感じがして 肩も凝るようです。
2月13日(水)術後27日 体重42,4キロ むくみがだいぶ引いてきている様子。 リハビリバイクこぎも16分間休みなしで早いスピードにチャレンジ。
2月14日(木)術後28日 体重41キロ むくみも随分よくなりました。 バイクこぎ20分休みなし。特にひどく疲れる様子もないようです。
午後から小児科にリハビリがてら遊びに行くと、ちょうどリハビリ中の瀬川美由起さんに会うことができました! バドのバッテリーが長く持たないらしく、もっと歩きたいのにと、残念そうです。 久しぶりのナースたちも一緒に記念撮影。(写真) 簡単に身動きのできないバドをつけていながら、いつも笑顔の美由起さん。 こうして他の患者さんを通して、いろんなことを教わります。 |
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| 術後21日目
karuchan ドイツでの風景 2008-2-9 7:15
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2月7日(木)術後21日目 今日はさらに体重が減って術前よりも少なくなっています。 頭が重いのも脱水のせいかと、水を飲んでもなかなか改善しないまま。 しんどいまま午前中のリハビリの自転車こぎをがんばっていると更にめまいも。 運動後の血圧が上が80前後だったため、部屋に帰ってベッドに休み、計ってみると今度は上が150。 足のほう全体をベッドごと上にあげてもらい、しばし安静。 急いでドクターにチェックしてもらいましたが、特に問題はなさそうでした。 とにかくできるだけ飲むようにと注意されただけですみ、ホッと安心。 そのあとのエコーも問題ないようでした。
ここ数日、2キロ単位で体重の増減があり、身体もバランスがとれないのでしょう。 写真を比べて驚きましたが、たった二日でもこんなに細さが違います。(写真/編注・もう一枚の写真は術後20日目の項目にあります) 今まで経験したことのない薬たちにびっくりして身体の中でいろんなことがおきているのだろうねと 身体のサインに耳をすますことの大切さを痛感しました。
「だいじょうぶな時は運動しても脈も90前後なのに しんどい時はものすごく脈も上がるんだよ。 ばくばくするのが伝わってくるのに、ちゃんとわかってあげなくてすまなかったよ」と、 胸に手を当てて謝っていました。 そして 「ちゃんとこの人はここで生きていて、一生懸命何かを伝えようとしてくれているんだねえ。 前の人にも無理するとよく怒られよったけど、この人にも、できるかどうかちゃんと確認せんといかんねえ。」 と、いろいろなことにしばし思いを馳せました。
娘にとって移植で別れた自己心は長い闘病を共にがんばった戦友、といいますか、同士といった感覚があったようですが、 今のニューハートを簡単に相棒なんてなれなれしく呼んでいいのかなとも迷っているようです。
そしてこうして娘を見ていると、 人は自分で生きているというよりも、生かされているのだという気がしてなりません。 |
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| 術後20日目
karuchan ドイツでの風景 2008-2-9 7:14
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2月6日(水)術後20日目 更に2キロ減り、足も楽に動かせるようになってきましたが、 身体のだるさは続いています。 無理はしないようにと、午後からは予定していた階段のリハビリではなく、ろうか歩きのみでした。 夜は調子良くなり、部屋の前にある階段を11段ほど登ってみました。思ったよりしんどくなさそうです。
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| 術後16・17・18・19日目
karuchan ドイツでの風景 2008-2-6 13:20
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2月2日術後16日目
朝から顔が少し丸い感じです。 ステロイドパルス療法がまた始まったようです。 娘の場合は3日間、腕からの注射でコルチゾンを入れます。 その間は血糖値のバランスを見て、必要ならばインシュリンの注射もあります。
移植後食事はすべてダイエット系のものになっていて、バターもダイエット系マーガリンに。 おやつのクッキーもダイエットクッキーです。 食事はすべて火を通したものであればだいたいのものは食べられます。 術後4週間は生野菜、生のくだもの、生魚、生肉、生卵、マヨネーズ、カビチーズ(カマンベールチーズなども)などは禁止、 グレープフルーツは病状への影響もあり、一生禁食となります。 ヨーグルトや牛乳(加熱殺菌していない生乳は禁)は大丈夫です。
動いているせいもあってか、食欲はあるようですが、 胃のもたれ感もあり、そうたくさんは入りません。 少し動いたほうがむくみもとれるかなと、ろうかをお散歩していると、 この3日間は感染しやすいから部屋から出ちゃダメよと注意されてしまいました。
2月3日術後17日目 術後初めての洗髪。 術前、洗髪はそれはもう重労働で、2週間や3週間に一度しか洗えない日々に慣れてしまっていたせいもあり、 頭を洗うことをすっかり忘れていました。 洗面台につっぷす姿勢も以前のようにしんどいことはありません。 もう自分で洗えるよと、私もほとんど手を出すことなく洗髪終了。 術前ちょうど切っていた髪もなんだかずいぶん伸びたようにも見えます。 そういえば幼少期の弱りきっていた時期、髪もつめも伸びなくて、 弱った心臓が生きるためだけに動いていて、新陳代謝にまでまわせていないのだなあと気づいたことがありました。 そう言われてみれば、唇の皮がどんどん剥けてくるんだよねと、皮膚の再生も早くなっていることに気づきます。
夕方南先生の奥様とKorteさんが来室。 ドイツでの様々な困難をいつも助けてくださるお二人は私たちにとってなくてはならない方々です。(写真) たくさんの日本人患者家族を支えてこられたお話を伺うたびに、 人を助けるということ、支えるということはどういうことなのかを教えられます。 こんな人になりたいと思える人に出会うことはとてもしあわせなことです。
と、しばらく椅子に座ったままでおしゃべりをしていたら 更に足に水分が降りて行ったようでもうはちきれんばかりにぱんぱん。 くるぶしもわからなくなった足首は象の足のようです。 夜には利尿剤を注射となりました。
コルチゾンの影響で問題ないとのことで心配はいらないのですが、 足の不自由さをなんとかしようと、夜は部屋でストレッチやマッサージ。 今までしたこともないスクワットにもゆっくり挑戦。 ひざも曲がりにくいのですが、むくんでるのに動いていいってすごいよねえと、感動。 「フル回転してる〜」と心臓がばくばくすると、 「びっくりさせたねえ、もすこしやっていいかなあ」と胸に手を当て 相棒に了解をとっているようです。
免疫抑制と抗生剤、ステロイドなどの薬の使用のせいもあってか、 水に近い下痢もありますが、 徐々に徐々にこうした薬との折り合いを身体がつけていってくれるのを待っているところです。
2月4日(月)術後18日目
相変わらず顔がぽっちゃりしています。 今日のリハビリは椅子に座ったままできる運動。 パルス療法の間は自転車こぎもできないそうです。
このところ朝早起きできるようになって気持ちいいんだよと言う娘。 朝6時には採血に起こされるようになり、今までならそのあとまた眠りなおしていたらしいのですが、 このところ、もうすっかり目覚めてしまい、起き上がれるらしいのです。 今までは午前中いっぱいエンジンがかからなかったのに、ずいぶんと健康的になりました。
ペースメーカーの設定が1分70から40まで下げられました。 自分の脈はちゃんと安静時83打っていたので安心しました。
2月5日(火)術後19日目
昨日でパルス療法も終わり、運動再開です。食欲も旺盛。 体重も前日より2キロ減りましたがまだ顔はもっちゃり、足はぱんぱんです。 今日はひどく疲れて珍しく昼寝をし、昼のリハビリを免除してもらったようです。 そのかわりに夕食後廊下を歩き、ストレッチ。 ものすごく眠いよと、歯磨きをしながらうつらうつらしていました。 |
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